●田村 浩一郎(首都大学東京)
「分子進化・ゲノム進化の研究における高度データ解析の総合的方法論の開発およびその応用」  

 

田村浩一郎氏は、ショウジョウバエを用いた分子生物学実験による研究を積み重ねながら、数理解析における理論的研究を発展させ、集団遺伝学・分子進化学の分野で国内外の研究を大きくリードしてきた。ショウジョウバエについては、ミトコンドリアDNAの多型に関する研究(Tamura et al. 1991 Mol Biol Evol 8: 104)を皮切りに、分子系統(Katoh et al. 2001 J Mol Evol 51: 122; Gao et al. 2010 Mol.Phyl Evol 60: 98)、反復配列の進化(Nozawa et al. 2006 Mol Biol Evol 23: 981)、可動因子由来のプロモーターをもつキメラ遺伝子(Nozawa et al. 2005 Genetics 171: 1719)、菌類に対する免疫反応の多様性(Seto and Tamura 2013 Int J Genomics 542139)、低温適応(Isobe et al. 2013 Genes Genet Syst 88: 289)、Y染色体の多様性を生む進化的要因(Satomura and Tamura 2016 Mol Biol Evol 33: 367)等の研究で実績がある。 特に田村氏が高く評価されるべき点は、このような研究等により得られたデータを解析するために、新たに現実的で汎用性が高く、かつ効率的な数理モデル並びに解析法を開拓してきたことである。一例はショウジョウバエやヒト等の生物の分子進化における塩基置換モデルに基づき開発された解析法(Tamura 1992 Mol Biol Evol 9: 678; Tamura 1992 Mol Bio Evol 9: 814; Tamura and Nei 1993 Mol Biol Evol 10: 512)であり、この数理モデル・解析法は他の生物の解析などに広く応用され、これまでに9,000回以上引用されている。その他にも、進化学的解析を行う上での適切な塩基置換モデルの選択法(Tamura 1994 Mol Biol Evol 11: 154)、系統間で塩基置換のパターンが異なる場合における進化距離の推定法(Tamura and Kumar 2002 Mol Biol Evol 19: 1727)、系統間で異なったコドン使用及び選択圧が働いた場合の補正法(Tamura et al. 2004 Mol Biol Evol 21: 36)、複合尤度を用いた距離行列法による系統樹推定法(Tamura et al. 2004 PNAS 101: 11030)、多数配列から成る系統樹での分岐年代の推定法RelTime (Tamura et al. 2012 PNAS 109: 19333; Tamura et al. 2018 Mol Biol Evol 35: 1770)等を開発している。 さらに、これらの方法を含め、分子進化並びにゲノム進化の解析を促進するための解析ソフトウェアMEGA (Molecular Evolutionary Genetics Analysis)を中核メンバーとして開発した。MEGAは 9回のバージョンアップを重ね累計137,000回以上も引用されており、当該分野における解析ソフトウェアの確固たる地位を確立している。MEGAシリーズのような利便性の高いツールの開発は、田村氏の生物の多様性・複雑性・進化に対する深い造詣、現実的で応用性の高いモデルを組み込む数理的思考力・洞察力、並びに優れたプログラミング力があってこそ実現したものである。 以上のように田村氏は、進化学分野において国際的にも極めて顕著な業績を積み上げてきており、日本進化学会学会賞を授賞するに十分値する。