●河村 正二(東京大学)
「霊長類および魚類の色覚多様性の統合進化生物学」
生物の全ゲノム配列が比較的容易に決定できるようになり、近年の進化学の進歩は著しい。ゲノム進化研究の飛躍的な進展の一方で、進化学の究極の目的の一つである、“表現型進化の機構解明”には、さまざまな研究領域との“統合”が必須である。河村正二氏は、感覚系遺伝子の多様性と進化、特に色覚多様性研究において、分子進化学、集団遺伝学、ゲノム学を基礎とした“統合進化生物学”を実践してきた。特に霊長類の野外調査、魚類のトランスジェニック実験、培養細胞を用いた遺伝子機能の検証などで顕著な成果を挙げている。 霊長類の色覚は種間および種内において多様であり、それは長波長~中波長感受型(L/M)オプシン遺伝子の多様性に基づいている。河村氏は、特に中南米に生息する広鼻猿類の野外調査を精力的におこない、行動観察データと糞便から得られたDNA解析データを統合する独自の研究スタイルを確立した。それにより果実採食における3色型色覚の優位性が条件依存的であること、昆虫採食において2色型色覚が有利であること、明度の違いや匂いも重要であることなどを明らかにし、霊長類の色覚と採食の関係の理解に新展開をもたらした(Matsumoto et al. 2014 Mol Ecol 23, 1799; Melin et al. 2019 Nat Commun 10, 1407など)。 進化研究において、多型性の維持が環境への適応を意味するのか、あるいは遺伝的浮動で説明できるのかは重要な問題であるが、河村氏は、オマキザルとクモザルの野生群を対象に複数座位の非コードゲノム領域を「中立対照」として用いることで、L/Mオプシンの多型性を評価し、さらに集団遺伝学を基礎としたシミュレーションを駆使することで、色覚の多型が平衡選択により維持されていることを強く示唆する証拠を提示 した(Hiwatashi et al. 2010 Mol Biol Evol 27, 453)。 さらに河村氏は、高度な分子生物学的手法を用いて色覚進化研究に取り組み、国際的に高く評価される成果を挙げてきた。培養細胞系を用いた視物質再構成、吸収波長測定、網膜遺伝子発現測定により、魚類において遺伝子重複した視覚オプシンの吸収波長分化と発現分化を定量的に明らかにした(Chinen et al. 2003 Genetics 163, 663など)。また、GFPレポーターを用いた遺伝子改変ゼブラフィッシュの作出により、桿体・紫外線・青型オプシンの発現制御領域や、遺伝子重複した緑型と赤型オプシンの重複座位間発現制御領域を同定することに成功した(Tsujimura et al. 2007 Proc Natl Acad Sci USA 104, 12813など)。これらのGFP視細胞標識ゼブラフィッシュは、国内外の研究者により網膜 発生の研究などに広く活用されている。 河村氏は上述の実績を基盤として、ヒトを含む霊長類の嗅覚や味覚の進化多様性研究を含め、感覚の進化に関して多数の原著論文や総説を発表していることも特筆すべきである。 以上の河村氏による進化学分野における顕著な業績は、日本進化学会学会賞の授賞に十分値するものと判断した。