●藤原 晴彦 (東京大学)
「擬態紋様形成の分子機構と進化プロセスの研究」
生物の複雑な紋様や形態を他種に似せるように進化する擬態がどのようなメカニズムで進化したのか、という問題は、複雑な進化機構が必要と考えられる。この擬態の進化の問題は、ダーウィン自身が注目し、その後も多くの研究者が解明に取り組んできた。しかし、近年にいたるまで、詳細な分子メカニズムを基にした進化プロセスは不明のままであった。藤原晴彦氏は、鱗翅目昆虫を対象に、分子生物学、進化遺伝学、発生生物学などを基に、新規の解析技術を開発してこれらの擬態紋様の背景にある分子メカニズムから進化プロセスを解明し、常に世界をリードする顕著な成果をあげてきた。 藤原氏は、メスのみが毒チョウにベイツ型擬態をするシロオビアゲハにおいて全ゲノム解読、連鎖解析、in vivo 遺伝子機能解析を組み合わせて、擬態紋様の原因領域は性分化遺伝子doublesexなどの 3 遺伝子を含み、染色体逆位によって固定された超遺伝子であることを特定した (Nishikawa et al. 2015 Nat Genet 47: 405)。これらの成果は、100年近く前に提唱された超遺伝子仮説について分子的実体を突き止め、超遺伝子の完全な構造と機能を初めて証明した (Komata et al. 2023 Genetics 223: iyac177)。さらに、近縁種のチョウとの比較から超遺伝子形成や擬態超遺伝子の進化プロセスについて先端的な学説を提唱した (Iijima et al. 2018 Sci Adv 4: eaao5416 など)。 また、藤原氏は「鳥の糞型」から「柑橘葉型」に擬態紋様を変化させるアゲハ幼虫において、擬態紋様の切り替えを司るホルモン応答機構を明らかにするとともに(Futahashi & Fujiwara 2008 Science 319: 1061)、擬態紋様の変化を制御する遺伝子を発見した (Jin et al. 2019 Sci Adv 5: eaav7569)。さらに、カイコ幼虫体表のスポット紋様(Yamaguchi et al. 2013 Nat Commun 4: e1857)、紋様の多型 (Yoda et al. 2013 Nat Commun 5: 4936) やストライプ紋様 (KonDo et al. 2017 PNAS 114: 8336) などを生じさせる突然変異体の原因遺伝子を多数明らかにした。これらの研究成果は、進化学上の難問とされていた昆虫体表の擬態紋様形成メカニズムや進化プロセスの全体像の解明を大きく前進させた。 さらに、藤原氏は、擬態の研究の他に、non-LTR 型 retrotransposon (別名 LINE) に着目した研究でも成果をあげてきた。ゲノム上を転移する転移因子は、宿主となるゲノムとの間の共進化により、生物進化に大きな影響を与えていることが知られるようになってきた。藤原氏はテロメアやrDNA などの特定配列にのみ転移する標的特異的 LINE の研究を進め、レトロトランスポゾンの標的特異性は宿主のテロメアリピートと共進化したことを示した (Osanai-Futahashi & Fujiwara 2011 Mol Biol Evol 28: 2983 など)。特に、昆虫や魚類から単離した複数の標的特異的LINEの転移解析システムを確立し、それらを用いて LINE 内部の各ドメイン構造の機能 や LINE のリボ核タンパク質 (RNP) 形成過程など、LINE の詳細な転移機構を明らかにした一連の研究(Takahashi & Fujiwara 2002 EMBO J 21: 408; Kuroki-Kami et al. 2019 Mob DNA 10: 23 など) は、世界的にも高く評価されている。また、標的特異的 LINE は次世代の遺伝子治療ツールになりうると藤原氏の研究は現在欧米などで注目されている。 以上のような藤原氏の進化学分野における顕著な業績は、日本進化学会の学会賞授賞に十分値すると判断した。